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榎本恵牧師のコラム

2017/06/19

老人は夢を見、若者は幻を見る   ヨエル3:1


「夢 大学設立こそは小(わか)き日に新島襄に享けし夢かも」これは、桜美林大学設立者清水安三先生が、1966年の大学認可の時に詠んだ歌である。大学のチャペルのそばには、石碑が清水先生の立像とともに建てられている。滋賀県新旭町で生まれた先生は、旧制中学の時、来日まもないヴォーリズと出会い、彼の感化を受け、クリスチャンとなり、同志社大学神学部で学ぶ。卒業後、中国へ渡り、北京近郊の貧しい子供達のための女子教育機関「崇貞学園」を作る。しかし、日本が戦争に敗れ、全てを残し引き上げてきた時は、もうすでに54歳の年をであった。ところが、先生はそこから、まさに裸一貫で、もう一度学校建設に挑んだのだ。

「天もし私に77歳の長命を給うならば、私はきっと桜美林の英文専攻科を理想の大学にまで育て上げてお見せする」(「希望を失わず」より)こう断言した清水先生は、見事74歳でその夢を実現したのだ。私は、今縁をいただき毎月、この桜美林大学のチャペルで、アシュラムの集会をさせていただいている。清水先生と同郷の滋賀から、遠く東京町田にある桜美林大学へ行く度ごとに、おそらく実物大であろう小柄な清水安三像とその隣にある「夢」の碑文を前に佇み、私はしばらく祈りの時をもっている。「果たして私は、どんな幻を見ているのか」「決して諦めぬ夢をお前は持っているのか」と。

イエスの弟子たちに聖霊が降り、それまで隠れ潜んでいた小部屋を飛び出し、初めて堂々と伝道を開始した時を、キリスト教ではペンテコステと呼びお祝いする。それはいわゆる「教会の誕生日」だ。さすがにこの日は、クリスマスやイースターのように、東京ディズニーランドでパレードが行われるようにはなるまいと信じているが、私たちクリスチャンにとっては、大変重要な祝日である。

実はその時、弟子の筆頭ペトロによって語られた説教の中で取り上げられたのが、今回の聖句旧約の預言者ヨエルの言葉なのだ。「この人たちは、あなた方が考えているように、酒に酔っているのではありません。そうではなく、これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです。『神は言われる。終わりの時に、わたしの霊を全ての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。』」(使徒2:15−17)愛する師を十字架で殺され、自らも恐れと不安の中に隠れ潜んでいた彼らが、大胆に姿を現し、しかも外国語でも「イエスこそ救い主である」と叫んでいる。聞くものには、それが酔っ払いのたわごとのように聞こえたに違いない。けれども、それは神の霊のなせる業であり、それが今に至るまで私たちクリスチャンの抱き続ける「夢と幻」の原動力なのだ。

清水先生の見た大学設立の夢も、大風呂敷の大ボラ吹きだと揶揄されたこともあっただろう。しかし、先生はこう言う。「しつこく寝ても覚めても夢み続けると、夢というものは、必ずリアライズされるものである。(中略)私はひたむきに神に祈り、ただもう神をパトロンとして、神の銀行と取引して大学を設立したのである。神こそはこの桜美林大学のいしずえにましまし、神こそは桜美林大学の大黒柱である。」(「石ころの生涯」より)

若者の見る幻、老人の見る夢。それはいわゆる儚いゆめまぼろしではない。また、総理大臣のお友達になれば実現するような代物でもない。それは神の与え給うたビジョンであり、神をのみ信頼する時にのみ見ることのできるものなのだ。
私も、この嫌な時代の中にあって、本当の夢見るものでありたい。

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